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岡山地方裁判所 昭和39年(行ウ)3号 判決 1966年2月09日

原告 平川洋児 外一名

補助参加人 美里泰長

被告 児島市長

主文

原告両名の請求を棄却する。

訴訟費用中参加による分は補助参加人の負担とし、残は原告両名の連帯負担とする。

事実

第一、申立

原告等訴訟代理人は「一、被告は昭和三九年六月分以降児島市議会議員の月額報酬として同市議会議長には金四万七〇〇〇円、同市議会副議長には四万四〇〇〇円、同市議会議員二八名には各四万一〇〇〇円を超える金額を支給してはならない。二、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、

被告訴訟代理人は主文第一項同旨及び訴訟費用は原告等の負担とする。との判決を求めた。

第二、事実関係

一、原告等(補助参加人も含む)の請求原因

(一)  児島市議会議員の月額報酬は、同市の昭和三一年条例七六号(同市非常勤特別職の職員の報酬及び費用弁償等に関する条例)によると議長四万七〇〇〇円、副議長四万四〇〇〇円、一般議員四万一〇〇〇円であるが、同市議会は昭和三九年三月一三日右条例の一部を改正する条例制定について、との議案(以下単に本件議案という)を可決し、同市議会議長三宅三次は翌一四日右議決条例を被告市長に送付し、被告市長は同月一八日これを昭和三九年条例一六号(以下単に本件条件という)として公布し、同条例で改められた金額により同年四、五月分の議員報酬として月額議長六万五〇〇〇円、副議長六万円一般議員五万五〇〇〇円宛をそれぞれ支給し、六月分以降も各同額を支給することは明白である。

(二)  しかし本件条例は後記の理由によりその成立手続が違法であるから無効である。従つて被告市長の右条例に基づく議員報酬の支給は違法な公金の支出として許されない。

1、児島市議会は昭和三九年三月七日開会され、被告市長より同議会に提出された議案(以下単に原議案という)は昭和三一年条例第七六号の第二条別表第一中末尾に新市建設審議会委員日額七〇〇円、住宅表示審議会委員日額七〇〇円、農産漁業振興融資委員会委員日額八〇〇円の三項を加えることを内容とするものであつた。

ところが右議案が同市議会総務委員会に付託されたところ、委員長は委員会の席上で、委員等に対してこの議案にはミスプリントがあるとの理由で市当局から別のものと差し替えたい。との要求があつた旨伝達し同委員会でさきに付託された原議案とは全然内容の異なる本件議案が差し替え上程され、これが当初から提案されたものとして、同委員会を経て、本会議において可決された。

2、しかし本件議案の内容は原議案と全く別異のものであるから、これについては正式に議会に提出し、改めて審議せられなければならないにも拘らず何らかかる手続をなさず、且つまた提案理由の説明もなかつた。

(三)  原告両名は、児島市の住民であるので、地方自治法第二四二条に基いて昭和三九年四月一〇日同市監査委員に対し被告市長の右支給を違法な公金支出として監査の請求をしたが、同委員は監査の結果同年五月一九日原告等の請求を理由ないものと認めてその旨原告等に通告した。

(四)  そこで同法第二四二条の二に基ずき本訴請求に及んだ次第である。

二、請求原因に対する被告の答弁並びに主張

(一)  請求原因(一)項、同(二)項の1(差し替えられたとの点は除く)及び同(三)項の事実は認めるが、その他の事実は否認する。

(二)1、本件は、被告市長が先に議会へ提出した原議案を自からの手で追加修正し、その修正案(本件議案)を本会議から付託を受けている総務委員会に提出し、同委員長は委員会の席上で委員等に議案が市長により修正された旨報告し、同委員会がそれを了承して審議をし、更に本会議でこれを承認、可決したものである。

被告市長が議案の内容を変更及び追加し得ることは地方自治法で地方公共団体の長に議案の提案権が与えられている以上当然のことであつて、議案の修正、変更は議案の提出後議会の最終決議がなされる迄の間、委員会並びに議会で行うことができる。

従つて、本件条例の成立手続には何等の瑕疵がなく、本件条例は有効であり、被告市長がこの条例に基いて児島市議会議員に報酬を支給することは適法である。

2、尚本件条例が議決された議会は昭和三九年度の第一回定例会であつて、地方自治法第一〇二条によれば臨時会に付議すべき事件は普通地方公共団体の長が予めこれを告示しなければならない旨規定されているが定例会に付議すべき事件は予めこれを告示しなくてもよいことになつており、又児島市議会会議規則第九条により準用されるのは第八条第二項だけであり、第一〇条第二項の規定は市長の提案した議案につき適用されないことは明らかであつて原告の主張は理由がない。

三、被告の主張に対する原告の反駁

仮に被告主張のとおり被告市長に議案の追加、変更権があり、本件がこれに基づくとしても次のとおりその権限には実体的な制約があり、又その権限行使も厳格な手続上の制約に従わなければならない。ところが本件の場合はそのいずれをも充足していないのである。

1、およそ地方自治体は国家と同じく住民より税金を徴収し、それを基に政治を行うものであり、議会の議決は自治体の意思を決定し住民の利害に重大な影響を及ぼすものであるから、その意思決定手続はできうる限り慎重にして誤がないようにしなければならない。

従つて議案の提出手続や審議の方法等は厳格な一定の方式に則り、一時の便宜や議員の意向によつて変更したり簡略化したりすることは許されない。

2、それ故、地方自治法は地方自治体の議会の審議方法に関する大綱を第一〇一条以下に明文をもつて規定し、詳細は地方自治の本旨に従い各自治体議会の会議規則に委ねられているわけである。

そして児島市議会会議規則は議案の発議、修正及び撤回について第八条以下に規定している。

(イ) 先ず議案の発議は議員がなす場合は四人以上の賛成を得た上、理由をつけて議長に提出し(第八条第一項)議長はこれを各議員や市長等に配付する(同条第二項)こととなつており、第九条により市長提出議案について第八条第二項を準用しているが、第八条第一項中の「理由を付して議長に提出する」という原則は市長提出の議案の場合にも当然準用せらるべきである。

(ロ) 又議員がその発議案及び動議を修正又は撤回しようとするときは、発議者の全員でしなければならず(第一〇条第一項)、この請求があつた場合は議会がその許否を決することとなつている(同条第二項)。この手続規定もまた市長の提出した議案についても適用遵守さるべきである。

(ハ) 更に議案の委員会付託については第一二条に「議長は議案が提出されたときは会議に付し議案の説明を必要とするときはその説明を求めた上議会に諮り、これを常任委員会に付託し又常任委員会の所管に属しないと認めるものについては特別委員会に付託する」と規定している。

3、ところで本件議案は先に議会へ提出された原議案の意図した目的、内容と全く別異のもので、当時予想さえされなかつた議員報酬増額問題を附加し、これを議案修正の方法により原議案に組み入れ可決されるに至つたものであるから、被告市長は右規則第八条により本件議案に「理由を付けて」別個の議案として議会に提出し、議長はこれを会議に付し、議会に諮つたうえ常任委員会に付託し、その報告をまつて議決すべきであつたにも拘らずこの一連の手続が全く履行されていないのである。

従つて被告市長が公布した本件条例はその成立手続において被告市長より適式な議案として議会に提案されていないもの、換言すれば提案なき議案を議員が多数をもつて可決したものにすぎないという重大な瑕疵がある故条例としては不成立であり当然無効である。

4、本件の真相は被告市長と議会とが議員報酬の引上げについて意見一致せず、被告市長がこれについて提案を承認しない内に、議会が助役などに圧力をかけて原議案を本件議案ととりかえさせ、被告市長は最後にそれを承認せざるを得ない立場に追込まれたものである。

第三、証拠<省略>

理由

一、請求原因(一)項及び同(三)項前段の事実は当事者間に争がない。

二、そこで本件条例が有効か否かについて判断する。

1、昭和三九年三月七日開会された児島市議会に対して被告市長から原議案が提出され、同議案の審議が同市議会総務委員会に付託され、同委員会の席上で総務委員長は委員等に対して、この議案にはミスプリントがあるとの理由で市当局から別のものと差し替えたい、との要求があつた。旨伝達し同委員会に本件議案が上程され、同委員会を経て、本会議で可決されたことは当事者間に争いがない。

2、そして成立に争いのない甲第一ないし第八号証と証人三宅三次、同森宗庄平の各証言並びに原告平川本人尋問の結果及び被告本人尋問の結果を綜合すると

(一)  昭和三九年三月七日開会された児島市議会(第一回定例会で会期は同月一三日までであつた。)の付議事件は多数あつたが、そのうち議案甲第三一号は国家公務員の給与のベースアツプに伴い、児島市議員の給与の増額を計るもので、それとの関連で被告市長が議案甲第二九号及び第三〇号で、市長、助役等の特別職及び教育委員、教育長等の給与の増額を図つたこと

(二)  非常勤特別職である議員等の報酬については被告市長と議会側の意見が一致しなかつたため、右定例会に議員報酬増額の議案が提出されず、議案甲第三四号(児島市非常勤特別職の職員の報酬及び費用弁償等に関する条例の一部を改正する条例制定について)として当初議会に提出された原議案は新市建設審議会委員等の日額報酬等わずかに三項目を追加するだけであつたこと

(三)  右原議案につき本会議でその提案理由の説明があり同月一一日総務委員会で原議案を審議中も、議員の報酬増額及びその始期等につき被告市長と三宅三次議長(総務委員会委員でもある。)等の間に交渉が行われ結局被告市長は議員とともに各種、多数の非常勤特別職の報酬増額も附加提案することに決し、その方法として原議案を本件議案に変更することとしたこと

(四)  その結果同月一三日午後井口児島市助役の出席する総務委員会で、さきに付託された原議案はミスプリントで本件議案と差し替えるという説明があり同委員会がその趣旨を了承して本件議案を審議可決したこと

(五)  その間に本件議案に関する書類が議員に配布された上被告市長の出席する本会議で、総務委員長は右議案の変更を含めて委員会の審議の結果を報告し、被告市長も議案変更の経緯及び趣旨等を説明し、本会議で本件議案の審議をしたうえ、多数で可決したこと

が認められる。

3、本来委員会は議会から付託された事件を審査する議会の機関である。従つて本件議案と原議案とは共に児島市非常勤特別職の職員の報酬及び費用弁償等に関する条例の一部(別表第一等に関する。)ものであるが、本件議案は原議案には全く含まれていない内容を含んでいるもので、所謂ミスプリントとは相違する性質のものであるから、被告市長は原議案とは別個の議案として議会に提出するか或は本会議で議案の変更について承認を受けるべきであり、委員会としても本件議案に変更する旨の申出を受けた際右手続に従うよう措置すべきであつた。

従つて本件議案審議は手続上瑕疵があつたものを会期最終日午后に一挙に行われたものであることが認められ、そしてそれが特に市民の批判の焦点になる市会議員の報酬を含むものであるだけにその手続は慎重正確に運ばれることが政治的に望ましかつたことはいうまでもない。

しかし前認定の経過で総務委員会及び本会議で本件議案が審議可決された後でも右瑕疵の存在が本件条例を無効とするまでの重いものとは考えられない。

三、以上の次第で本件条例の無効を前提とする原告等の本訴請求は失当として棄却を免れない。

そこで訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 辻川利正 川崎貞夫 大西浅雄)

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